「女はともかく、ジェイムズ貴方の男運はからっきしね」

戦いにも慈悲を

政権交代、それによる改革も含むインテリジェンス・サービス条例によって秘密情報部の組織再編が実施された。海軍情報部の流れをもつ国防省勤務のボンドたち秘密情報部員たちはそのまま、陸軍情報部を前身に持つ外務省MI6に統括されていった。ビル・タナーを始めとする海軍上がりの者達は、当然陸軍の膝下に屈する事を良しとせず険悪な状態がつづき、SISビルに移ることなく、事後処理と言う名目でリージェント・パークの雑居ビルに篭城しているありさまだった。ボンド自身は、かろうじて外務省連絡係という表向きのポジションで近年の任務を遂行していたものの、それはMあってのもので、そのMことマイルズ卿も既に一線を退いており、MI6の陸軍気質と官僚主義に辟易していた。ましてや組織改編の時期、次期部長にとマイルズ卿が推していたのは「数字の魔女」と呼ばれてるアナリストだったからだ。

数字の魔女はボンドを「冷戦の遺物」と蔑んだ。

ボンドは北欧の地ての任務・・・状況は、ユーゴスラビアの内戦下で現地ゲリラにテロ指導をしている旧共産圏のエージェントたちがおり、彼らは金で動く傭兵派遣組織に所属しているというものだった。ボンドと、既に数年前に復活したダブルオー課のOO3は国際赤十字委員会を装いゲリラの村に接触し、組織の情報を収集していた。

共産圏という祖国を失い、自暴自棄なかれらは金の享楽のために彼らは生きているのだと、ボンドは思っていた。

しかし、彼らはマイノリティの民族自立のために、自分達のテロリズムのスキルを駆使して協力しており、そのような生き甲斐を「組織の指導者」は示してくれたと、主張した。

OO3は読心術や心理学を駆使して情報を聞き出した後、ゲリラたちを処理していった。慈悲亡き機械の闘いにボンドは、そして大義に燃えるテロリストに、生き甲斐の無い自分を指摘されることとなった。

任務はOO3には成功だったが、ボンドにとっては失敗だった。無断で休暇をとりロワイヤル・レゾーのカジノで、ボンドは若い女性と遭遇する。ジェ二ファー・コルビノという名の、漆黒の髪と色のきつい瞳の淑女は、屈託な老人たちに守られていた。彼らはみな、かつて戦場を馳せた傭兵であり、闇を駆けたエージェントたちだった。老兵達は最後の献身として彼女を守っていたのだ。

そして彼女との商談で訪れた、かつてのゴゴール将軍の姿もあった。

パリに移ったボンドは、以前おんぼろプジョーともに任務遂行した、フランス支局のメアリ・ラッセルに補足される・・・というよりも幕僚本部第2課のルネ・マチスから居場所を聞き出しての来訪だった。

アミューズメント倶楽部の地下でボンドはマイルズ卿と再会する。来るべきユーロ制定のためにヨーロッパ大陸の中に情報部支部を置くことの必要性を重んじたマイルズ卿は、フランス内にあるNATO軍英国軍駐屯基地を足がかりに支局規模以上の基地の設立に奔走していた。それは英国本土が壊滅した場合の想定を踏まえてである。

そしてボンドに対してMはひとつの極秘任務を告げる。

それは、現在MI6で暫定的に部長をつとめているCの配慮だった。海軍提督のMに対し、陸軍元帥だったCは、より「古い」タイプの人間だった。かれはボンドに言ったことがある。「情報部は超法規的ではなくてはならない。今みたいに大臣のサインと立法の束縛でがんじがらめではダメだ。かつてのM率いる秘密情報部のように、首相直轄の自由裁量が無くてはならない、わたしはそこまで情報部高めて、後任に渡したい」

たとえ後任が「数字の魔女」であっても。

ボンドは少なからずCに好感を持っていた。

しかしMの推した数字の魔女にも理由があった。これからの情報部の敵は、テロリストではなく内部の政治家だと。自分には無い政治家との交渉術、その才にも長けている彼女に期待を寄せていたのだ。

OO3の、「テロリストが「赤十字」という言葉に過剰反応したこと」からによる、次のステップが開始された。ボンドはスイスにむかう。

民間の支援団体で「戦時虐待の被害者に対する保護機関」というものがあった。発足はベルリンの壁崩壊の年で創設者の名前は、ジグムント・シュナイダー。元東ドイツの諜報機関のチーフであり現在の名はマーク・コルビノ。ジェ二ファーの父親だった。

共産圏の崩壊によって、かつての軍の高官から一兵卒、諜報機関や秘密警察の公務員までが、新政府の敵とみなされ、過去の鬱積よる市民達たちからの迫害キャンペーンが展開され、ソ連を例にとっても旧政府の2万人の公務員が拷問の末、処刑されていった。

昨日まで国家のために働いていたのが一夜にして逆賊としておちる。

私服を肥やしていた上層部ならゴルバチョフのように地中海にでものがれ財団でもつくっていよう。末端の者にとっては明日をも知れぬ状態だった。

そんな彼らの人権を保護し、亡命など救済行為を行うための民間団体がそれであった。

その本部があるジュネーブでボンドはジェ二ファーと再会し、コルビノは、ブルガリアの動乱に自ら兵を率いて、要人の救出作戦に赴き行方不明になったこと。ジェ二ファーがその父の後を継ぎ事業を展開し、近々、その業務全般を国際赤十字委員会に委嘱する段階にある事を知った。

情報部の見解ではこの慈善団体は隠れ蓑で、コルビノは居場所を失った旧共産圏エージェントたちを取りまとめ、テロリストの斡旋事業を行っているものと考えていた。そしてコルビノ亡き後も娘のジェ二ファーが、その裏家業の後を継いでいるものと。

しかし情報部での方針においてCと数字の魔女は対立していた。数字の魔女は、確固たる証拠を発見次第、組織を壊滅させるべきだと。ついこの間まで現役のプロ集団だった彼らがテロリストに転じたときの西側が受ける脅威を訴えていた。しかしCの思惑は違っていた。1人のエージェントをそだてるのに莫大なコストと年月がかかる。ならば彼らエージェントたちをまとめて情報部に抱きかかえられないものかと。

あるいは、コルビノが保護していた東側エージェントの名簿を入手できないものかと。

慈善団体が業務委嘱のために、国際赤十字委員会に提出した保護者リストの中には、推定300名のAランク諜報部員の名前はなかった。ユーゴでボンドと対したあのテロリストの名前も存在しなかった。

「消えたエージェント」のリスト奪取がMが示したスイス行きの任務だった。

慈善団体の本部は敵の攻撃を受けて壊滅する。元スペツナズ部隊によるもので、リストは発見できず、リストはジェ二ファー本人が持っているものと彼らは判断した。

ジェ二ファーと死線をくぐるうちに、ボンドは彼女がコルビノの裏家業、リストの存在を本当に知らず、純粋に迫害されている旧政府要人の保護活動に未を捧げていること、そして彼女の過去を知る。

彼女はルーマニアの「みなしご部隊」に送られた子供だった。孤児の幼児をひきとり洗脳と戦闘訓練をほどこし、チャウシェスク大統領に盲信する親衛隊を育成する部隊だった。

東ドイツが崩壊し地下に潜ったコルビノは、ペレストロイカを進めるゴルバチョフ派KGBの依頼をうけ、かつての部下をあつめ、アジテーション、テロ活動によって、チャウシェスク政権を倒壊させる地下工作を行った。武力作戦を開始したその時に、革命乗じた市民に嬲り殺されようとしていた幼いジェ二ファーを、コルビノは引取り養女にした。

リストを狙う元スペツナズの傭兵組織の追撃にボンドたちの逃避行が開始される。

彼らはゴゴールの配下にある傭兵たちだった。91年のクーデター時、ゴゴールは資産をまとめて、海外へ隠遁、ソ連外務官の力で地中海に平和財団をつくってはいたが、ソ連崩壊後はかつてのスメルシュ長官の威光でもって、裏では傭兵会社を経営していた。クーデター時ゴゴールは反乱将校に軟禁されていたが、それを西側の依頼をうけたコルビノ達に救出された過去がある。

その時に知ったコルビノの、ゴゴールにとって自分ですらも把握できなかった旧共産圏工作員のリストは、のどから手が出るど欲しい物なのだろう・・・とボンドは勝手に解釈していた。

しかし、きな臭いものが立ち込めてきた。ゴゴールにリスト奪取を依頼したのはCIAであり、ゴゴールに直接依頼を交渉したのは、元CIA長官の米国大統領ブッシュの部下だったことから復帰したフェリックス・レイターだったからだ。

さらに信じられないことが起きた。ランデブー地点における家屋でオーストリア支局の諜報部員に襲撃を受け、さらには本部から派遣されたOO4に命を狙われ死闘を余儀なくされた。ボンドは彼女を守るためならレイターと戦うことも辞さないと決意する。ボンドは既に情報部を辞め、CIC社のヨーロッパ支社の重役のポストにいるキュートに救援を求め落ち合う場所をベルリンに定める。

しかしそれは盗聴を踏まえてのデマで、敵を「ウィーンからベルリン」へ向かわせることに成功する。ボンドはスイスにもどり、W支局を襲撃する。

そこでボンドは、ゴーゴールとMの交信記録のデータ知り、理由は不明だが、完全に自分は孤立した事を確信する。そしてKGBエージェントの1人が暴走し、ジェ二ファーを捉えることでなくボンドを殺すことに奔走している事を知る。

そのエージェントの名はズコフスキー。ヨーロッパ地区のKGB捜査官で未だKGBが崩壊した事を認められないでいる。そしてボンドに倒されたスペツナズ隊員の友人でもあり、その敵討ちに単独素行している。

ボンドはズコフスキーの脚を射抜きその闘いにケリをつけるが、止めを刺すことは出来なかった。彼もまた、過去の栄光にすがるものだったからだ。

そしてその闘いのよる傷害にリストの所在が判明した。催眠誘導によりジェ二ファーの深層意識に記憶させられていたのだ。しかしその数は80名。そしてみなしご部隊での体験も思い出す。

パリの支局は既にマイルズ卿は引き払っていた。待っていたレイターの説得により事件の全貌と、時すでに遅かったことが判明する。

コルビノの60名の傭兵たちは、英国領カリブのジャマイカ総督府を始めとする要所を武装制圧していた。そして、Cは先手を打って、情報部の機能縮小による功罪と強権を発し20名の傭兵でもって議会を制圧した。

マニペ二―とQの機転で、拘束を逃れる前に数字の魔女はリージェント・パークのタナ-のもとに逃れ、マイルズ卿もそこに向かっていた。

 マイルズ卿は極秘の依頼を受けていて、Cとコルビノの関係を調査していた。そして荒っぽいウラのとり方を決行したのだった。ボンドにスイス行きを命令したのは。情報部の命令でなくマイルズ卿個人のものだった。Cに対してボンドが自分らを裏切ったと思い込ませるためである。Cにボンドが自分が支配する情報部を離反したと思わせ、自分の陰謀をボンドはかぎつけていると思い込ますためだった。その部分に対してはマイルズ卿のあぶりだし作戦は成功していた。

数字の魔女とマイルズ卿は、キューバ政府に協力を求め、現地制圧の傭兵達の懐柔により、C勢力の切り崩しを進めていた。つまり、傭兵達のキューバ亡命には目を瞑るという条件で。さらにキューバへの特使としてボンドを送り出すつもりだった。

しかし・・・ボンドはそれを無視して、前世代的な方法をとった。むくれるキュートをなだめて装備を整え、みなしご部隊の記憶が蘇ったジェ二ファーと、彼女を守る老兵達を従えて、ビルの中のプライベートな隠れ部屋に逃げ込んだQからの誘導で、インテリジェンス・ビルに強襲をかける。

ボンドにはわかっていた。コルビノたちは戦いの中に死に場所を求めていたのだろう。とにかく自分の血を燃やし尽くしたいのだと。そのためなら、少しでも自分達の側にいるCに利用されてやろうと。戦いには戦いの礼で持って応えてやろう。ボンドはそう考えていたのだ。迎え撃つコルビノは知らなかった。ボンドの側にジェニファーが居ることを。彼女にはテロリズムの世界とは無縁の世界で生きて欲しいとおもい、コルビノは自分から行方不明を装い姿を消したにも関わらずにである。


kl